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2009年01月

22日

聖アグネスの日

神父さんは静かに言いました。
『奇しくも本日、1月21日は、ローマの聖アグネスの記念日です。』
アグネスは、ハタノのおばあさんの洗礼名であり、そして聖アグネスの記念日は、そのおばあさんを送り出す日になりました。それを最後に聞いてはじめてワタシは、ああそうか、と、思いました。なにが、ああそうか、かはわかりません。

突然のことであり、また然るべき状況下にて、みな、とくにおじいさんは、それを受け入れることができなかった。従って、何日も寝ずに、息はあがりっぱなし、何十回も何百回も声をあげて泣き叫ぶおじいさんの、深い悲しみだけでなく、突然の驚きだけでなく、大きな怒りや悔しさの先は、まるで年をとれば人は死ぬことが当然であるのだ、また色々な理由で人が死ぬのは仕方がないことなのだ、と、そのことを知ったようにしている世界の全部に向かっている気がしました。いえ、理で考えれば、人は確かに死ぬのでしょう。

しかし、人が死ぬなんて、当たり前なものか。人が死ぬなんて、受け入れられるものか。どうして、そういう風になっているなんて言えようか。なぜに、こんなことが納得できようか。なぜに、納得しようとするわけか。それがどの人の、いつの、どのような死であっても、死んで仕方のないことなど、あり得ない。誰かが死んで仕方のないことなど、あるわけがないのだと、改めて知った。

いろいろを経て、何日かぶりに先日、家にようやく帰って来たおばあさんは、笑って眠っているようでした。今年、正月に起こらなかったハタノの宴は、こんなところに盛大に起こった。親族が集まって、いつものようにせわしなく動いている中、おばさんの枕元では、おばあさんが可愛がっていた人形が、返事のないままにしゃべりつづけていました。傍らに座り続けるおじいさんは、肩で息をし続けながら、時折突然に、家のことは何もわからん、と、打ちひしがれ、先に逝きたかった、と、むせび泣き、最後の様子を語れば、こんなことがあるか、と、怒って、そして泣いて、何度も泣いた。

葬儀の準備に、色々な手続きに、人からの連絡に、見つからない探し物に、何よりも次食べるものに、着の身着のまま、みなの寝ていない頭はぎゅうぎゅうを超え、それでも食べるのでした。まだちゃんとしゃべれもしない、歩けもしない可愛い孫たちは、なんどきもからからと笑いを誘い。そこにいるおばあさんの死を理解できていないのは、しかしその子供たちだけではなかったし、また、そんなものできることではなく、しようとする必要があるものではないのかもしれません。

たくさんの、それはたくさんの花に埋め尽くされた、綺麗な見事な祭壇でした。なぜ、通夜、告別式、火葬、最後の儀式を経る中で、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度もあのような対面やらを繰り返し、その度に一度は落ち着くように思われる波をあそこまで繰り返すか、だってもういいではないか、なぜならもう立てなくなるではないか、と言えば、しかし、何度だって、みなしっかり立っているのです。ものすごい姿になっていくおじいさんも、辛うじて、しかし確かに立っているのでした。母が弾くオルガンの音にのせて、告別式の朝に練習までしてから大声で、何度も何度も何度も何度も賛美歌を歌うと、孫たちは声をからしました。骨になって出て来たおばあさんを見ておじいさんは、きれいだ、本当にきれいだ、と言ってまた泣きました。全てが終わると、窓から見える夕日が、まっかだった。2歳のワタシが、側に住んでたおばあさんと何度も何度も何度も歌い続けたのは「夕日」という、ちょうどそんな歌だったことを思い出しました。

ぎんぎんぎらぎら 夕日がしずむ
ぎんぎんぎらぎら 日がしずむー
まっかっかっかー そらのくもー
みんなのおかおも まっかっかー
ぎんぎんぎらぎら 日がしずむー

人が1人死ぬことに生まれる、なんて莫大な、膨大なパワーですか。どのようなベクトルにしろ、それは、その1人に関わりのあるたくさんの人々の中に起こっていて、その力の大きさに、計り知れなさに、目眩がしました。生きる者に向いていた。おじいさんは、この先どんなに泣き続けても、泣いて泣いて泣き続けても、死ぬまで、生きるのです。眠るのです。食べるのです。子供たちも。その家族も、孫たちも。この人がワタシのおばあさんで、この人がワタシのおじいさんで、本当に幸せなことだとまた思いました。

全ては、ほんとうに全ては、二度とないこと。
悲しすぎます。美しすぎます。儚すぎます。力強すぎます。

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