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2000年05月

13日

DAVID LYNCH 02

出生、始まり、変身
イレイザーヘッド、エレファント・マン、デューン

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遊牧の子供時代
デビッド・リンチの最初の主要作品「イレイザーヘッド」(1977)は、ジャンルにおける非常にユニークな傑作である。これは彼がそれまでに撮った唯一の映画だったが、例えばチャールズ・ロートンにとっての「狩人の夜」(1955)のように、今なお彼を完全なる映画史の一部にのし上げる作品だ。企画から演出、流通までに渡って完全にオリジナルの「イレイザーヘッド」は、30年以上途切れなく続くこの監督の奇妙な創作活動の序曲に過ぎない。しかし、スタートとしてこの作品は、映画へと進む道はとても少ないと思われる環境の中、1946年1月20日モンタナ州の中心地ミズーラに生まれた若い夢想家にとっての、最初の勝利の喜びを示した。子供時代について話す時、リンチはいつも、唯一の挑戦が強制的な遊牧生活であった白日夢のような、田園詩風の幕間、と表現する。デビッドの父、ドナルド・リンチは、農林省に属する生物学研究者として働き、たびたび国中を回っていた。リンチ一家は、頻繁にその数を増やしながら、ミズーラからアイダホ州のサンドポイント、ワシントン州のスポーケン、ノースカロライナ州のダラム、アイダホ州のボイシへと移り、最後にバージニア州のアレクサンドリアに居を定めた。デビッドが14歳になった時だった。このアメリカ山岳地帯を渡る一家の移動は、リンチにとって心深くへの旅となり、間違いなく彼のその後の作品(「ブルー・ベルベット(1986)」「ツイン・ピークス(1990-1)」「ストレート・ストーリー(1999)」)に影響を及ぼしている。リンチの子供時代は、内なる感覚(表面下にある、群がり、煮えたぎる、より抽象的な深い感覚)の発見となってきたようだ。それもまた1950年代のことだった。少年時代に対する強い興味は、リンチから離れたことはない。その時代が迎えたのは、ロックンロールの誕生、デザインの愛好、車への熱中、消費社会への興奮状態の突入だった。そのみなぎる楽観傾向の空気は、一貫して多くのリンチ映画(特に「ブルー・ベルベット」「ワイルド・アットハート」[1990]「マルホランド・ドライブ」[2001])のモチーフとして再発している。

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絵画から映画へ
青年期のリンチの最初の情熱は美術であった。この未来の監督は14歳の頃に絵画に夢中になり、数年の間それを追求した。映画作品を作りはじめ、専門職として映画を選ぶことになろうと、実際、彼はその芸術形態を完全に諦めたことはない。1964年にボストン・ミュージアム・スクールに入学したが、入って間もなく心を変え、友人のジャック・フィスクと共にヨーロッパへの留学を決めた。2人の若者は、最終地点にウィーンを選び、表現派の画家オスカー・ココシュカに会おうとするも実現せず。ヨーロッパは自分らに合わないとの結論に至り、滞在は2週間となった。若いデビッドは、わびしく両親の元へ戻ったが、彼らの反応は大学に行かない彼を閉め出すことだった。のちに彼はフィラデルフィアの友人と付き合うようになり、ある建築事務所に勤めたが、なかなか出勤せずにすぐに解雇される。
  実質的な転換は1965年頃にやってきた。彼がフィラデルフィアのペンシルバニア美術アカデミーで学ぶことを決めた頃だ。これは彼が、アーティストとしての可能性を真剣に考えることを決めた時期となる。1967年、彼は後に妻となるペギー・リーヴィーと出会い、その1年後、初めての子供、ジェニファー・リンチが生まれた。(何年も後の1992年、ジェニファー・リンチは明らかに父の影響が見られる映画作品「ボクシング・ヘレナ」を監督することになった。)アカデミーでの時期に、リンチが至ったのは、絵画には欠けている2点があることだった。動きと音である。この新しい気付きによって、彼は16mmカメラを入手し、最初のフィルム作品「シックス・マン・ゲッティング・シック(1967)」を撮る。これは簡単な実験進出で、映画へのアプローチとはほど遠い、動く絵画のようなショートと言おうか、アニメーションというより正確には、赤い色が占めるバラバラのイメージが繋がれていた。歪みの表現で遊びながら、リンチのフィルム作品には若干不穏で永続的なサイレン音がつきまとい、それが恐らく逆説的には、リンチの中にも彼の最初の視聴者の中にも映画の認識を浮かび上がらせる要素であった。アカデミーの年度末展覧会にて「シックス・マン・ゲッティング・シック」は、新進気鋭の映画作家として共同優勝を果たす。リンチはこの最初の試みの相対的なコスト高を後悔するも、すぐにまたフィルム作品「アルファベット(1968)」に挑み、アニメーションと純粋な録画映像を掛け合わせた。この4分間の作品は、残酷なまでに、リンチの言葉に対する不信と、作品の中心に横たわる暴力を表明する。彼は、強烈なアルファベットの文字によって文字通り水没する子供の身体を通して、広がる不安感をつくり出す。作品は彼女の吐血で締めくくられ、まるで彼女の身体が言葉への強制的な入門を、徹底的に拒絶してきたかのようだ。リンチの音への注視もまた、この作品の特徴で、著しくは彼の娘であるジェニファーの叫びのランダムな録音が、サウンドトラックとして使われている。

※原文 Masters of cinema "David Lynch" by Thierry Jousse

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